数字だけを100万桁並べた本が、4万部のベストセラーに
音声を読み込めませんでした。少し待ってからもう一度どうぞ
円周率を、どこまで言えるだろうか。3.14で止まるのが普通で、学校で習うのもそこまでだ。中学以降はπという記号ひとつにまとめられ、その先の桁が顔を出す機会はまずない。
ところが、その「その先」をひたすら印刷しただけの本が、書店で四半世紀売れ続けている。『円周率1000000桁表』という。1ページに1万桁、それを重ねて合計100万桁。解説も図版も読み物もなく、ページを開くと数字が詰まっているだけだ。出したのは暗黒通信団という同人サークルで、朝日新聞はこれを「隠れたベストセラー」として紹介している。価格は税抜314円。
始まりは1996年のコミックマーケットだった。当時大学生だった牧野貴樹は、円周率を計算するプログラムを自分で書いていた。サークルの仲間から新刊のネタがないかと聞かれ、手元にその計算結果があると答えた。第1刷はレーザープリンタで刷ってホチキス留めにした手製本で、たった30部。第2刷で300部に増やし、本来はそこで打ち止めの予定だった。
しかし、何年経っても書店から客注が入り続けた。それだけ需要があるのならと重版を決めた。以降は「第3.14刷」「第3.141刷」と、刷を重ねるごとに円周率の桁を伸ばす表記になった。現在流通しているのは「第3.141592653589刷」で、実質15刷にあたる。累計の発行部数は4万部。紀伊國屋書店新宿本店では15年以上も平積みされている。
当の著者にも、売れる理由はわかっていない。朝日新聞に載ったコメントはこうだ。「円周率は重要ですが、百万桁までは使い道がない。何で売れるんでしょう?」
買い手の側には事情がある。牧野自身も、いくつか心当たりを挙げている。本屋に並ぶ本としては値段が安く、子どもが興味を持ったときに手に入れやすい。それに、プレゼント用の需要もある。実際、塾や学校の教室、図書室に置いてあったという声も多い。何の役にも立たない本だからこそ、贈り物として成立してしまうのだ。
遊びは中身の外側にも仕込まれている。発行日はどの版も3月18日だが、これは円周率の逆数が0.31830…だからだ。巻末には著作権を放棄すると書かれている。ただの事実の羅列に著作権は発生しない、という理屈だ。そんな数字だけの冊子が、国立国会図書館と大英図書館、それに日本国内46の大学図書館に収まっている。
同じサークルは後に桁数を100倍にした『円周率100,000,000桁表』も出している。1億桁を1冊に詰めるために紙面を50倍に圧縮したので、刷り上がった本は肉眼では読めない。