生き物第182号朝刊

寄生虫サクリナ、オスのカニを「母親」に変える

チナミニチンチラが読み上げます(3分34秒)

フジツボといえば、船底や岩場にびっしり張り付いて、ひたすら水中のエサを濾し取っている地味な生き物というイメージではないだろうか。動かず、誰にも迷惑をかけず、ただそこにいる。

ところが、その仲間にはまったく別の生き方を選んだものがいる。サクリナという寄生性のフジツボだ。成体を見てもフジツボには見えないが、幼生の形は他のフジツボと似ているためフジツボ類に分類されている。

サクリナのメスの幼生は、カニの体の上を歩き回って関節部分を探し当てる。見つけると「ケントロゴン」と呼ばれる注射器のような形に変身し、殻を脱ぎ捨てながら柔らかい体をカニの内部へ注入する。侵入したサクリナは植物の根のような組織を伸ばし、カニの内臓に絡みつく。この根が主に集まるのは、栄養を吸収する中腸腺のあたりだ。外から見えるのは、カニの腹部から突き出した袋状の部分だけ。カニが本来、自分の卵を抱くはずの場所である。

そしてサクリナは、カニの生殖器を破壊する。破壊されたカニは二度と繁殖できない。

ここまでで既に「恐ろしい寄生虫」だが、更に異様なのはこの先だ。宿主がオスのカニだった場合、サクリナはそのホルモンバランスを狂わせ、腹部を幅広く平らにするなど、体つきをメスのカニに似た形へと作り変えてしまう。さらにホルモンを出させて行動までメス化させ、メス特有の求愛ダンスまで踊らせる。

仕上げは子育てだ。メスのカニは産卵期になると高い岩に登り、腹部の育児囊を手入れして、体を上下に揺すりながら卵を水中へ放ち、ハサミで水をかき混ぜて流れを助ける。サクリナに寄生されたカニは、オスであろうと、この一連の動作をそっくり再現する。自分を乗っ取った寄生虫の子どもを、甲斐甲斐しく世話し、酸素を送る。卵から放たれるのは、もちろん自分の子ではない。サクリナの幼生が雲のように噴き出していく。乗っ取られたのは体だけではなく、行動そのものだった。

しかも、この改造は元に戻らない。寄生虫を取り除いても、オスのカニは精巣ではなく卵巣を作るようになるという。特定の地域のミドリガニの寄生率は、5割に達することもある。

ちなみに、

サクリナに寄生されたカニは脱皮する能力も失う。脱皮できなければ成長は妨げられ、本来なら再生するハサミも切り落とされたら二度と生えてこない。繁殖も、成長も、武器であるハサミも差し出したうえで、他人の子を育て続けるのだ。

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