餌をくれた人に「お礼」を届けるカラスと、その意図についての研究
公園で毎日カラスに餌をやっていたら、ある朝、置き餌の皿の横にビー玉やボタン、ちぎれたイヤリングの欠片が並んでいた——そんな体験談は世界中で語られ、「カラスは恩を忘れない」「餌のお礼に贈り物を置いていく律儀な鳥」という心温まる美談としてすっかり定着している。動画サイトやニュースでも感動エピソードとして繰り返し紹介され、多くの人がこれを疑うことなく受け入れてきた。中には「お気に入りの飼い主にだけ贈り物をする」といった尾ひれつきの逸話まで広まっている。
ところが、研究者たちの見立てはもう少し慎重だ。動物行動学の分野で常に議論の的になるのが「意図」の解釈だという。カラスが本当に「ありがとう」という気持ちを込めて物を運んでいるのかどうかは、実のところ誰にも証明できていない。理由は単純で、当のカラスに「なぜそれを置いたの?」と尋ねることができないからだ。人間側が、断片的な行動を見て感動的な物語を後から当てはめているだけという可能性は、常につきまとう。動物に人間的な感情を読み込みたくなる気持ちと、科学的に検証できることの間には、いつも大きな溝がある。
有力視されている仮説はこうだ。カラスはもともと、光る物や小さながらくたを拾って隠す習性を持つ鳥で、餌場の近くに一時的に隠した物を、そのまま置き忘れることも珍しくない。そこに残っていた物を、餌をあげていた人間がたまたま見つけて「お礼をくれた」と喜び、翌日から餌の量を増やす。カラスはその一連の流れを注意深く観察しており、「あの場所に何かを置くと、もらえる餌が増える」という因果関係を学習しただけかもしれない、というのだ。カラスは高い観察力と学習能力を持つことで知られ、人間の反応パターンを読み取って自分の得になる行動を意図的に繰り返すことは十分あり得る。つまり「感謝の気持ち」ではなく「学習された取引」という、ロマンとは少し違う身も蓋もない説明が成り立ってしまうわけだ。
もちろん、これは「感謝ではない」と断定する話でもない。カラスの内面で実際に何が起きているのかは依然として謎のままで、研究者自身も贈り物のように見える行動がどこまで意図的なのか、結論を保留している。心温まる物語と、まだ証明されていない科学のあいだで、この謎は宙に浮いたままになっている。
カラスやワタリガラスが「相手が誰か」によって振る舞いを変えることは、別の実験できちんと確かめられている。長年同じ人物が担当してきた実験と、ほぼ初対面に近い人物が担当する実験とで、鳥に同じ認知課題をやらせて比べたところ、カラスたちは長年の顔なじみが相手の場合の方が課題への参加率が高く、物を交換するテストの成功率も明らかに上回った。贈り物の真意がどうであれ、カラスが目の前の人間を「見知った特定の個体」としてきちんと記憶し、関係の深さに応じて協力の度合いを調整していることだけは、実験によって裏付けられている。