配信: 2026-07-29 07:00(JST)
朝刊
歴史第52号

「窓の数」に課税されたイギリスで、家という家が窓を塞いだ

チナミニチンチラが読み上げます(4分30秒)

イギリスの古い町を歩いていると、赤レンガの壁に窓の形だけがくっきり残り、ガラスも木枠もなく、周囲と同じレンガで完全に塗り塞がれた四角い跡をあちこちで見かけることがある。ジョージ王朝様式の建物によくある特徴で、観光客の多くは「左右対称に見せるための飾り窓だろう」「昔の建築の癖だろう」くらいに軽く受け流してしまう。よく見ると同じ通りの家に何か所も同じような跡があり、まるで示し合わせたように窓の数が減らされているのに、なぜか誰も気に留めない。

けれど、これは装飾でもデザインの遊びでもない。18世紀のイギリスで導入された「窓税」という制度から、住人たちが本気で逃げようとした生々しい痕跡である。窓税は窓の数に応じて税額が決まる仕組みで、窓の多い家ほど裕福なはずだ、という単純な理屈にもとづいて導入された。当時は所得を正確に把握する手段が乏しく、税務署が家の中まで踏み込んで家財や現金を調べるわけにもいかない。そこで、通りを歩くだけでも外から数えられる窓の数が、いわば「豊かさの目安」として選ばれたのである。窓にはガラスと木枠という当時なりの贅沢品が使われていたから、窓が多いこと自体が財力の証だと見なされたわけだ。

制度に対する人々の反応は、驚くほど早かった。イギリス国立公文書館の記録によれば、窓税の導入からさほど時間が経たないうちに、住人たちは実際に窓を煉瓦で塗り塞いで納税額を減らそうとし始めたという。既存の窓を塗り潰すだけでなく、新築の家でさえあらかじめ窓の数を絞って設計されることも珍しくなかった。窓は暮らしの明るさや風通しそのものではなく、税額を左右する「数字」として扱われてしまったわけだ。とりわけ割を食ったのは、住人自身が判断できない借家人や使用人部屋だったとも言われる。家主にとっては自分の懐が痛む節税策なので、目立たない裏側の部屋から容赦なく塗り潰され、暗く風通しの悪い部屋で暮らす人が増えていったという指摘もある。結果として、光や換気を犠牲にしてでも節税を選ぶ家が続出し、その跡は塗り塞がれた四角い壁として、今なおイギリス各地の街並みに制度の傷跡のように残り続けている。古い町を歩けば歩くほど、あちこちにこの「税逃れの跡」が見つかるほどだ。窓税自体は18世紀から19世紀半ばまで長期にわたって存続し、その間に税率や免除基準が繰り返し見直されたが、「窓を塞げば税が減る」という抜け道そのものは最後まで変わらなかった。税が廃止されてから既に長い年月が経つが、わざわざレンガを壊してガラスを入れ直す理由もなく、塞がれた窓はそのまま放置され続けている。ひとつの税制が、住まいの明るさと街の外観そのものを今も変え続けている珍しい例だといえる。

ちなみに、

窓を煉瓦で塗り塞いで課税を逃れるという発想自体は、イギリスの専売特許ではない。ヨーロッパ大陸でも、17世紀という早い時期からすでに同じ理由で窓が塗り塞がれていた記録が残っている。イギリスが窓税を導入するよりも前から、大陸側にはすでに「窓を塞いで税を逃れる」という知恵が存在していたことになる。いかにもイギリス人らしい奇策として語られがちだが、実際には大陸に先例のある、由緒正しい(?)節税術だったというわけだ。

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