映画でおなじみの「底なし沼」、実は人は完全には沈まない
映画やドラマでおなじみの「底なし沼」がある。主人公が流砂に足を踏み入れた途端、ずぶずぶと体が沈み始め、もがけばもがくほど深みにはまり、最後は頭のてっぺんまで飲み込まれて消えてしまう。インディ・ジョーンズ的な冒険活劇からターザンの旧作まで、繰り返し使われてきた定番の恐怖演出だ。
ところが実際の科学は、この描写をきっぱり否定している。ウィキペディアの「科学・技術・数学に関するよくある誤解」の一覧には、「流砂に完全に沈み込むことは不可能である」とはっきり書かれている。ナショナルジオグラフィックも「流砂に浸かった人間が完全に引き込まれることはあり得ない」と断言する。つまり、あの映画のクライマックスは物理的に起こり得ない演出だったわけだ。
理由は単純な浮力の話だ。流砂は水に大量の砂粒が混ざり合った液体で、普通の水よりもずっと密度が高い。人間の体の密度はほぼ水と同じなので、水より重い流砂の中に入れば、体は沈みきる前に浮力に押し戻される。学術誌ネイチャーの記事は、研究チームが人工的に作った流砂で検証した実験を紹介し、「十分待てば砂の粒子が沈殿し、混合物の浮力によって体は表面まで浮き上がる」と伝えている。実験では、静かにしていれば体は腰からみぞおちあたりまでしか沈まないことが確かめられたという。プールで力を抜くと浮いてしまうのと似た理屈で、流砂は水よりむしろ浮きやすい液体なのだ。
では、なぜ流砂は「入ったら抜け出せない」という恐怖のイメージを持たれているのか。鍵は、流砂が力を加えると急に固くなる性質を持つ点にある。じっとしていれば水気を含んだ柔らかい砂だが、足を勢いよく動かしたり慌ててもがいたりすると、砂粒同士がかみ合って一瞬で固まり、脚の周りをがっちり締め付けてしまう。抜こうと力任せに引っ張るほど、周囲の砂とのあいだに生まれる圧力差が抵抗を強め、余計に抜けにくくなる。逆に言えば、ゆっくり脚を左右に揺らして周りの砂に水を呼び込み、体を仰向けに倒して面積を広げれば、浮力を味方につけて自力で這い出すことも理論上は可能だという。つまり流砂の本当の怖さは「吸い込まれて窒息する」ことではなく、「ゆっくり動けば浮くのに、パニックで暴れることでかえって自分の脚を固定してしまう」という皮肉な仕組みにある。映画の「もがくと沈む」演出は、沈む深さの点では誤りでも、もがくほど厄介になるという感覚だけは的を射ていたことになる。
流砂そのもので命を落とす危険が皆無というわけではない。本当に注意すべきは、海辺や干潟のようにすぐそばに潮が満ちてくる場所だ。波打ち際のやわらかい砂に足を取られて動けなくなっているうちに、満ちてくる潮に体が沈んでいき、溺れてしまうケースが実際に報告されている。ウィキペディアの同項目も「水域の波打ち際での砂への足の埋没は、潮が満ちてくると溺水の危険になりうる」と注記している。沈む深さそのものより、逃げ遅れる時間のほうがずっと危険というわけだ。