腐ったリンゴで腹を壊し、レース中に昼寝するも、五輪マラソンで4位になった男がいる
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五輪のマラソンで入賞する選手と聞いて、どのような姿を思い浮かべるだろうか。鍛え抜かれた体、綿密に組まれた調整、給水のタイミングまで計算し尽くした走り——おおむね、そんな洗練されたアスリート像ではないだろうか。
ところが、そのイメージを根こそぎ覆す入賞者が、1904年のセントルイス五輪に存在した。キューバの郵便配達員、フェリックス・カルバハルである。島を端から端まで走破するなどの興行を続け、「アンダリン(歩く人)」と呼ばれたこの男は、なんと、レースの途中で腐ったリンゴを食べて腹を下し、そのまま昼寝をしてから4位でゴールしたと伝えられている。
出発点からしてすでにおかしい。渡航費は自力でかき集めたものの、途中のニューオーリンズでサイコロ賭博に手を出して全財産を失い、残りの道のりはヒッチハイクと徒歩。会場に着いたのはスタート直前で、服装は長袖シャツに長ズボン、足元は街歩き用の靴だった。見かねた出場者の一人がハサミを持ってきて、ズボンの脚を切り落とす。これが彼のユニフォームになったのだ。
もっとも、この日は「まともな選手」のほうが次々に壊れていく大会だった。真夏の午後3時スタートで気温は摂氏30度超、砂埃の舞う未舗装路に7つの丘、公式の給水地点はコース上にたった一か所。走者は路面電車や配達馬車、犬の散歩客まで避けながら進み、脱落者が続出した。
その中をカルバハルは、沿道に人だかりを見つけるたびに立ち止まり、つたない英語で世間話に興じた。車の中で桃を食べている一行にねだり、断られると2個ひょいと持ち去って、かじりながら走り去ったという記録も残っている。大会の公式報告は、雑談だけで彼が1時間近くを失ったと書いた。そのうえで、「もし誰か付き添いがいれば、彼は優勝しただけでなく五輪記録も破っていただろう。」と結んでいる。リンゴと昼寝以外にも、話題に事欠かない男である。
なお、リンゴと昼寝の逸話には諸説ある。当時の資料には見当たらず、1948年の五輪史の本が初出だという指摘もあるためだ。ただ、丸二日近く何も食べずに走り出した彼が果樹園のリンゴで腹を下して横になったという話は世界陸連も紹介しているうえに、無名の郵便配達員が4位に入ったという結果自体は紛れもない事実だ。
彼は二年後の1906年アテネ大会でも、おかしなエピソードを残している。今度はキューバ政府が費用を負担して送り出したにもかかわらず、イタリアに上陸したところで消息を絶ったのである。死亡説が流れ、キューバの新聞には訃報まで掲載された。しかし、死んだとされたその男は、その翌年スペインの汽船に乗って、何事もなくハバナへ帰ってきた。失踪の理由は、「途中で旅費を使い果たしてしまったため」。彼はアテネに行くこともできず、スペインの蒸気船で一般労働者として働きながら、なんとか自力でキューバまで帰ってきたのだ。