ドラフト指名されたにもかかわらず、存在しない選手「タロウ・ツジモト」
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プロスポーツのドラフトで指名されるのは、当然ながら実在する選手である。スカウトが足を運び、プレーを見て、名前と経歴を確かめたうえで呼ぶ。そういう手続きの積み重ねが指名という制度を支えている。
ところが1974年のNHLドラフトで、バッファロー・セイバーズは11巡目・全体183位に、この世に存在しない日本人選手を指名した。名は辻本太郎、大阪出身の20歳のフォワードで、所属は「東京カタナス」。チームのほうも実在しない。当時のセイバーズGMパンチ・イムラックは、電話越しに延々と続くドラフトの進行にうんざりしていた。欲しい選手は10巡目で取り終えている。そこで広報部長ポール・ウィーランドと組んで、架空の選手をでっち上げたのだ。チーム名のカタナは、セイバーに最も近い日本語としてイムラックが選んだものだった。
指名の際は、誰も疑わなかった。当時のNHLはアジアにスカウト網をほとんど持たず、インターネットもない時代である。リーグ会長クラレンス・キャンベルは指名をそのまま受理し、他17球団のGMに電話で「Tsujimoto」の綴りを読み上げて伝える羽目になった。キャンベルは後に、それがドラフト全体で最大の難関だったと伝えている。訓練キャンプが近づくと、辻本にはロッカールームの個人ロッカーと背番号13のユニフォームまで用意された。本人はどこにいるのかと記者に詰め寄られたイムラックは、今季中にアメリカへ来られるかは分からないが権利は保持する、とのらりくらりかわし続けたという。
この嘘が発覚すると、リーグはこの指名を「無効」として記録から抹消した。話はここで終わってもよかったが、地元のファンはこの存在しない選手を面白がり、本気で愛してしまった。
本拠地バッファロー・メモリアル・オーディトリアムでは、試合が一方的な展開になると、観客席から「タロウを出せ!」のコールが湧き上がるようになった。控えにすら入っていない、そもそもこの世にいない選手を、起死回生の一手としてベンチから出せと呼ぶのである。スタンドには「タロウが言うには…」で始まる手作り横断幕が何年も掲げられ続け、その後には相手チームや相手選手への皮肉が書き添えられた。辻本のユニフォームを着て現れるファンは、今もいるという。
この架空選手は本物の商品にもなっている。2011年にはトレーディングカード大手のパニーニ社が辻本太郎のルーキーカードを作り、一部のボックスセットに封入して発売した。存在しない選手のカードはeBayで50ドル近い値をつけたこともある。2013年には帽子ブランドのニューエラが、指名40周年を記念して東京カタナスのロゴ入りキャップを売り出した。実在しないチームのグッズが、実在する店頭に並んだのだ。