授業に遅刻した院生、未解決問題を宿題と勘違いして解いてしまった
音声を読み込めませんでした。少し待ってからもう一度どうぞ
授業に遅刻して、黒板に書かれた宿題の問題を慌てて写し取って帰る。そしてその宿題を数日かけて解き、締め切りを過ぎたことを先生に謝る——いかにも、学生らしい失敗談だ。たいていこの手の話は、少し気まずいだけの、小さな思い出話として終わる。
ところが1939年のカリフォルニア大学バークレー校では、この「遅刻して黒板を写す」が数学史に残る出来事になった。写したのは博士課程1年目の院生、ジョージ・ダンツィーグ。黒板の2問は宿題ではなく、統計学で長年誰も解けていなかった有名な未解決問題2つだった。そして彼は、その両方を解いて提出してしまったのだ。
ダンツィーグが受けていたのは、ポーランド出身の統計学者イェジ・ネイマンの授業だった。ネイマンは授業の冒頭で黒板に2つの問題を書いた。遅れて教室に入ったダンツィーグの目には、それが宿題にしか見えなかった。数日後、彼は解答を提出し、提出が遅くなったことを詫びている。本人が後年振り返った感想はこうだ。「いつもより少し難しいようだった。」
もちろん、この謝罪は不要なものとなった。6週間後、興奮したネイマンが本人に告げた。君が解いた2つは、統計学で最も有名な未解決問題だ、と。ネイマンはそのときすでに、片方の解答を数学誌に発表する準備を進めていた。
この話は数学界ですぐに伝説となり、1997年の映画『グッド・ウィル・ハンティング』の冒頭の元ネタにもなった。ダンツィーグ自身はその後、多くの変数を抱えた問題から最適解を導く「単体法」を1947年に発見し、線形計画法という分野そのものを作り上げる。商品の値付けや輸送と人員の計画など、この手法が使われる場面は数千種類に及び、1975年には国家科学賞を受けている。
あの2問の顛末にはもう一段ある。翌年、博士論文のテーマが決まらず悩んでいたダンツィーグに、ネイマンは肩をすくめて、あの2問をバインダーに綴じて持ってくればそれを論文として認めると言ったという。遅刻して書き写した黒板の2問を綴じるだけで、そのまま博士論文として通ってしまったのだ。