肉を「焼き固める」と肉汁が閉じ込められる、は誤解
音声を読み込めませんでした。少し待ってからもう一度どうぞ
「まず強火で表面を焼き固めて、肉汁を中に閉じ込める」。ステーキの焼き方として、これ以上なく定着した説明ではないだろうか。表面がコーティングのように固まり、内側のジューシーさが逃げられなくなる——長く語られてきた理屈である。
ところが、焼き固めに肉汁を閉じ込める働きはない。それどころか、焼けば水分は失われていくのだ。
決着をつけたのは、アメリカの料理雑誌クックス・イラストレイテッドの実験だった。厚さ3センチほどのリブアイステーキを2組に分け、片方は先に強火で焼き色をつけてから低温のオーブンへ、もう片方は順序を逆にして、オーブンで温めてから最後に焼き色をつけた。焼き固めが本当に肉汁を封じるなら、生のうちに焼いた側のほうが水分を多く抱えたまま仕上がるはずである。しかし焼き上がりを量ると、減った重量はどちらもほぼ同じ、元の約22パーセントだった。同誌はこの説を、ただの言い伝えだと切り捨てている。
そもそもの出どころは、19世紀ドイツの化学者ユストゥス・フォン・リービッヒである。1847年の著書で彼は、最初にできるだけ強く加熱すれば肉汁が表面で固まって保護膜になり、その後の流出を防ぐ、と唱えた。この仮説は1900年代初頭には否定されている。それでも説だけが台所に残り、今も高級ステーキハウスの宣伝文句に登場している。
理由は肉の構造を見れば分かる。肉はおよそ70パーセントが水分で、その多くは細長い筋繊維の中に抱え込まれている。熱を加えれば水分は押し出され、それを止める手立てはない。焼き目のついた表面も防水膜ではなく、フライパンの上で肉がジュージューと鳴り続けるあの音こそ、水分が逃げて蒸発している音なのだ。表面がカリッとするのも、強い熱で乾いたからである。
では、焼き色をつける意味はないのかというと、そんなことはない。褐色の焼き目は糖とアミノ酸が高温で反応した結果であり、食感を変え、香ばしい風味や食欲をそそるキツネ色を生み出す。つまり焼き固めは肉汁を守る作業ではなく、おいしさそのものを作る作業なのだ。目的を取り違えたまま、正しい手順だけが受け継がれてきたのである。
煮込みも同じような誤解を背負っている。ことこと煮込んだ肉がしっとりするのは、水分が加わったからではない。煮込んでもやはり水分は失われていて、穏やかな加熱で結合組織とコラーゲンが分解し、それが繊維を潤して柔らかくするために、水分が増えたように感じられるだけなのだ。