ことば第206号朝刊

「シルエット」は、とある男の名前に由来する

チナミニチンチラが読み上げます(2分59秒)

「シルエット」とは、中を塗りつぶした輪郭だけの姿のこと。逆光に浮かぶ人影も、服が作る体の線も、この一語で言い表せる。世界中で使われているこの言葉は、18世紀フランスに実在した男の名字が、そのまま広まったものである。

名はエティエンヌ・ド・シルエット。1759年3月、ルイ15世のもとで財務総監に就任した人物だ。当時のフランスは、イギリスとの七年戦争で財政が火の車だった。彼が立てた1760年の見通しは、収入2億8600万リーヴルに対して支出5億300万リーヴルの大赤字。そこで考案したのが、富裕層や特権階級への課税である。ドアや窓の数、使用人の人数などの外から数えられるものに課税する「一般補助税」を考案し、10月には金銀の食器を溶かして供出せよとまで命じた。もちろん貴族は猛反発。就任からわずか8か月で、彼は宮廷を去った。

失脚後には名前だけが残った。「à la Silhouette(シルエット風)」は、ケチくさいもの、安っぽいものを指す言い回しとして使われるようになる。当時、折しも流行し始めていたのが、黒い紙から切り抜いた横顔の影絵だった。油絵や彫刻に手が届かない人のための、安くて速い肖像画である。これを安物と見た人々が、その蔑称を貼りつけた。けなし言葉がそのまま技法の名として定着し、世界中へ広がったのだ。

肝心の本人はどのような人物だったか。肖像画は何点か描かれているが、いずれも油絵で、フランス革命の混乱の中ですべて破壊された。黒い紙から切り抜いた影絵のほうも、名前を貸した当人の横顔をただの一枚も残していない。

ちなみに、

その切り絵を流行らせたのは彼自身だという説まである。彼の楽しみの一つが壁に落ちる顔の影を線でなぞることで、彼の城のいくつもの部屋がその絵で埋まっていた——と19世紀フランスの官報は伝えている。確かめようにも、その城は1871年の火事で焼け落ちており、裏づける手立ては残っていない。

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