生き物第221号朝刊

凶暴な個体ばかり駆除され続け、イタリアのクマは遺伝子レベルで温厚になった

チナミニチンチラが読み上げます(3分41秒)

ヒグマは、ヨーロッパから北米、アジアまで広く分布する大型の猛獣だ。人里に下りれば騒ぎになり、出くわせば命が危ない——そういうイメージではないだろうか。

ところが、世界のヒグマの中に、際立っておとなしい集団がいる。中部イタリアの山地にだけ生息するアペニンヒグマだ。体はヒグマとしては小ぶりで、頭や顔つきにも独特の特徴がある。そして、ヨーロッパ、北米、アジアのヒグマと比べて攻撃的な行動が明らかに少ない。

なぜこの集団だけが穏やかなのか。2025年12月、オックスフォード大学出版局の学術誌に発表された研究が、その答え示している。研究チームはアペニンヒグマの精密な参照ゲノムを新たに作り、スロバキアに暮らす大きな個体群やアメリカのヒグマのゲノムと比べたのだ。

研究チームの予想通り、孤立した小集団であるアペニンヒグマはゲノム多様性が低く、近親交配率が高いことが分かった。意外だったのはもう一つの発見だ。攻撃性の低さに関わる遺伝子的な特徴を見つけたのである。

研究チームが挙げる仕組みはこうだ。クマと人がぶつかったとき、逃げずに向かっていく大胆で攻撃的な個体のほうが、人間に駆除されやすい。これが何世代も続けば、危険な衝突に走りやすい遺伝的な素因は集団から削り取られていく。残るのは、人を警戒して争いを避けるのが上手な個体だ。家畜化でも計画的な繁殖でもない。人間が意図せずかけてしまった、ふるい分けである。

アペニンヒグマにこの特徴がはっきり見えるのは、孤立の歴史が異様に長いからだ。アペニンヒグマは2000〜3000年前に他のヨーロッパのヒグマと分かれ、ローマ時代以降は完全に孤立してきたという。主な原因は、農業の広がりと人口密度の上昇に伴う森林伐採だったと研究者は見ている。外から入ってくるクマがほとんどいないので遺伝的特徴が薄まらず、しかも近隣の集落からの圧力は何世紀も一定だった。

つまり人間は、個体数の減少と遺伝子の劣化を招いた一方、意図せずして人間との争いを減らす特性を促進したのだ。

ちなみに、

この結論は保護活動に厄介な宿題を出している。数の減った個体群に他地域から個体を運び込んで多様性を回復させる手法は、保全の定番だ。だがアペニンヒグマにそれをやると、人と共存できる穏やかさを支えてきた希少な遺伝的変異まで薄めてしまうおそれがある。動物の移送を検討するなら、個体の数だけでなく遺伝子的特徴まで考えるべきだと研究者は指摘している。

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