「恵比寿」の地名より先にビールがあった
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「恵比寿」は、東京都渋谷区の地名だ。七福神の一柱である恵比寿様と同じ名前なのだから、由来はその神様か、祀っている古い神社だろう。そう想像するのは、地名としてはごく自然なことである。
しかし、先にあったのはビールだった。現在の恵比寿ガーデンプレイスの場所には、かつてサッポロビールの前身である日本麦酒醸造の工場があった。そこで1890年に発売されたビールが「惠比壽麦酒」である。商売繁盛の神にあやかって付けた商品名だ。この時点で、恵比寿という地名は周辺のどこにもない。
駅は、そのビールを運ぶために生まれた。1901年2月25日に開業したのは、民営の日本鉄道が運営する貨物専用駅で、仕事はヱビスビールの出荷だった。所在地は豊多摩郡渋谷村大字下渋谷。つまり、駅名だけが「恵比寿」で、土地の名前はまだ下渋谷のままである。1906年に300メートルほど移転して旅客輸送を始めると、駅の周りが「恵比寿」と呼ばれ始めた。そして1928年には、地名としても正式に採用される。商品名が駅名になり、駅名が地名になったのだ。
恵比寿様を祀る神社も、やはり後から来た。サッポロビール本社脇に建つ恵比寿神社が創建されたのは、ビールが発売されたあとの1893年。日本麦酒醸造が、恵比寿の総本宮である兵庫の西宮神社から勧請したものだ。駅の西にあるもう一つの恵比寿神社も、もともとの社名は天津神社だった。1959年に区画整理で移転する際、恵比寿を合祀して社名を改めている。二つの神社の由緒をたどっても、行き着く先はヱビスビールである。
なぜこの土地にビール工場だったのか。玉川上水から分かれた三田用水が流れており、その水が醸造に適していたからだ。工場は1988年に千葉県船橋市へ移るまでこの地で操業を続け、跡地が恵比寿ガーデンプレイスになった。豊田や日立のように企業名が地名になった例はあるが、一本の商品名が駅名を経て地名にまで育つのは、全国でもとても珍しい。
恵比寿駅の発車メロディーは映画『第三の男』のテーマ曲だが、これもヱビスビールのコマーシャルソングである。